O’s blog

想うまま、ゆっくり話そう。

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「ランスの微笑」

2009 - 03/20 [Fri] - 14:23

 さて、プログかフログか、若くないボクはわからないが、それなりに書いてみよう。

 新しい年になり、何がお目でたいのかと思いながら、街の中に出て、見知らぬ人々とすれちがう。
新年のかがやかしさとかは全く感じられない。皆、何かを引きずりながら、元気がない。
それとも他人に知られるのがいやで内にかくしているのか。街中にいて、発狂しそうだ。

いろんな屋台の中をゆっくりと通りすぎる。
若い人の笑顔や奇声だけがにぎやかで、さける様にして、老夫婦が通りすぎる。ふうとためいきまじりに、さてと、知人の所へでもいってみようか。
居留守をつかわれるかもしれないが。じゃぁ帰ろうか、でも、帰る所もないし。

 そうだ、ランスの大聖堂に行ってみよう。弱い立場の人々にも関係なく「ランスの微笑」を見に行こう。

そういえば、ゴリラは大人になると笑わないそうだ。オレはゴリラじゃないと思いつつ一人で微笑む。対面の人は、おかしなやつだと思っているかも知れないナ。

夜のおむすび

2009 - 03/01 [Sun] - 11:36

 世の中の最近の事件を見ているとまるで弱い者が馬鹿を見る様に思えてなりません。
 30年前のしかえしとして、人を殺し、犬猫を殺すと同じはずがありません。
 小動物が車の前をよぎったと30mの山あいで死んだり、助かった事件もありました。気にくわないからと、自分の親をさし自分は、ほうちょうをふりながら、高い所からとびおりた人も、テレビで見ました。
 何故、そんなに死に急ぐのでしょう?
死んでもしょうがないから、生きる努力をしてはどうでしょう!!
 他人をうらみ、社会をうらみ、自分こそが正しいという思い、又は、考えはどこからくるのでしょう?

 前おきが長くなりましたが、50過ぎまで社会的地位、人からもうらやまれる生活をして参りました。
 ところが突然リストラ。
 住む所なく、金もなく、路上になげこまれました。理由は、自分にあったのでした。
 でも、自分をうらむことなく、まして、他人をうらむこともしませんでした。

 金がなくては、食物はかえません。
ざんぱんをあさりました。食べては、はき、はきながら、飲食街のゴミ袋をあさりました。

 そうこうしている内に、レインボウの方々に出会いました。城のうらのアズマヤで、生きているのか? 死んでいるのか? わからない状況の中、彼は一人で真夜中に懐中電灯をかざしながら、オムスビをくれました。
 私は、このオムスビに神を知りました。
 ライトアップされていた、うらのお城の明かりも消えていました。
 オムスビをみて、涙がとまりませんでした。
 レインボウの方々の活動がなければ、内堀、外堀の水の中でういていたかもしれません。
 路上生活をする者は、他人から見れば自由で、好きな事をして、生きられると思われるか、見られているかも知れません。でも常に死とむかい合っているのです。
 『レインボウのメガネの奥の目のかがやきを今もわすれません。』
 夜中の一個のオムスビが、人を救い、社会的弱者といわれる、あらゆる人々のささえとなる活動をされん事と願いながら筆をおきます。     
                             

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